初めまして“正道会館 翔起会”会長の有田信二です。

 

昭和37年2月22日生まれ A型の寅年 大阪府大阪市出身です。

 

私は、男ばかりの3人兄弟で7才年上の兄と双子の弟との間の次男として大阪は長居で育ちました。

産まれた時は、身体も掌に乗るくらい小さく少年時代の整列順は常に前の方をキープしていました。身体は小さかったのですが、運動が 好きな少年で毎日勉強もせず肌が真っ黒に日焼けするほど外で遊び回る子供でした。

中学生になって半年で堺に引っ越すことになり、転校した中学校で 器械体操部に入部し3年間を過ごしました。

空手と石井館長との出逢い

その当時、TV・映画で格闘技ブームが盛んで、強くなることに憧れへの心が芽生えました。

その頃は、近くに空手道場は無く、堺から大阪の難波にある大阪球場の“極真会館 芦原道場”に 旧友の誘いで入会する事にしました。

 

格闘技ブームの影響で、道場生が道場から溢れ出るほど沢山の道場生が活気に満ちあふれ汗を流していたのを今も懐かしく思い出されます。

当時、指導されていたのが現在の“正道会館” 館長の石井和義館長で、これが石井館長との出逢いだったのです。当時の石井先輩の指導は、非常に理解しやすく理論的で私を空手にのめり込ませました。

 

それから、数年が経ち、石井館長が正道会 現在の“正道会館”を設立され、私もその正道会に移ることにしました。

 

やがて、高校卒業後に大阪トヨペットに整備士として就職が決まり、仕事をしながらの道場通いとなりました。しかし、当時の目標でもあった黒帯取得も念願叶い、自然と空手から遠ざかり退会してしまいました。

 

3年余りお世話になった大阪トヨペットを退職し、電気工事会社に職替えして修行に励み、現在では自営で電気工事を営んでおります。今では、結婚もし、娘3人・息子2人と5人の子沢山に恵まれ毎日をあくせく頑張っています。

長男が私の空手復帰への鍵

長男が、小学校に入学した折りに空手教室を進めるとすんなりと承諾してくれ、近くにあった“極真会館”の空手道場に入門させました。はじめは、送迎していただけの私でしたが、いつかまた空手を始めたいと思っていたので、昔取った杵柄と言いますか、私自身も空手の復帰をする事に決めました。

 

それから、20年近くお世話になった“極真会館”を円満退会し、縁あって昔の先生である“正道会館 石井和義館長”の元、新たに立ち上げられた“国際正道-空手連盟FIKA 正道会館”に“翔起会しょうきかい”として夢に見た自分の道場を2018年3月に正式に設立する運びとなりました。

 

年齢に関係なく汗を流し稽古されています

道場では、4才から78才の年配の方も一緒の空間で汗を流し切磋琢磨しています。

空手を始めるのに年齢は関係無いと考えます。

“正道会館 翔起会”では、年齢に応じたカリキュラムで老若男女頑張っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空手に出会えたことで人生に大きな影響をもたらせてくれた

私は、空手に出会えたことで、幾多の困難も乗り越えることが出来、自分自身に自信が持てなかった自分に大きな影響をもたらせてくれました。

道場だけでなく、社会生活にも前向きになり何事にもポジティブに考えられる事が出来るようになりました。

空手の返事に“押忍”という言葉がありますが、私どもの世界では、“信頼・忍耐・尊敬”と意味します。

 

長男と次男2人の子供達と一緒に空手を通じて会話も弾み、良い相談相手として仲良く汗を流しています。 今では長男は、自衛官として立派に職務に就き国を守る仕事をしています。職場では、極真会館の黒帯として尊敬されていると。

 

私自身、大した戦歴もありませんし、まだ出来たての小さな道場ですが、この素晴らしい“正道空手”を伝道師として広めて行きたいと思います。

是非、私の道場で一緒に気持ちの良い爽やかな汗をかいてみませんか?

空手の強さだけで無く礼節を重んじる人間に育って欲しいと願います。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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